古川一郎,マーケティング・サイエンス入門
古川一郎,他,マーケティング・サイエンス入門-市場対応の科学的マネジメントを読んだ.マーケティング・サイエンス全体を俯瞰できる良書.ただし,2011年のものなので,最新技術はカバーできていないので,courceraでカバー予定.
序章.マーケティング・サイエンスのすすめ
- マーケティング・マネジメント・プロセス:
- 新規事業の発見:Research.
- マーケティング戦略:Segmentation,Targeting,Positioning.
- マーケティング戦術:Marketing mix.
- 実行:Implementation.
- 制御:Control.
1章.ビジネス・チャンスの発見
- プロデジー・モデルとは,顧客の購買行動から競争市場構造を把握する手法の一つ.ある製品を強制的に顧客の選択対象から除外したときに,顧客はどの他のブランドを選択するかを測定することで,競争構造を分析する.
- 無構造市場仮説とは,既存の製品シェアに比例してシェア変動が起こるという仮説.プロデジー・モデルでは,検定者が想定する構造仮説と,無構造市場仮説を比較する.
- バス・モデルとは,イノベーションの普及モデル.自発的に購入するイノベーターと,すでに購入者消費者を模倣して購入するイミテーターを想定する.\(t\)期の売上\(n(t)\)は,\(t\)期までの普及割合\(F(t)\),市場規模\(N\),イノベータ係数\(p\),およびイミテーター係数\(q\)を使って,下式で表現できる.
- 理論的には,3期以上のデータがあれば,回帰分析で\(p\),\(q\),および\(N\)を推定可能.データ数が足りない場合は,類似製品の値を事前情報として用いたベイズ推定なども提案されている.
2章.消費者行動
- 知覚マップ(perception map)あるいはプロダクトマップ(product map)とは,様々なブランドに関する消費者の図示したもの.多次元尺度構成法(multi dimensional scaling; MDS)と因子分析(factor analysis)がよく用いられる.
- 因子分析と主成分分析は異なる.
- 目的:因子分析は共通因子の抽出を目的としているのに対し,主成分分析は情報の縮約を目的としている.詳細は株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメント,新シリーズ第7回「因子分析と主成分分析の混同」を参照されたい.
- モデル:主成分分析を最尤推定と解釈すると,数理モデルとして,因子分析とどう違うか理解しやすくなる.因子分析では因子毎に異なる分散を持つガウス分布を仮定しているが,主成分分析では等方的な分散を持つガウス分布を仮定している.詳細は,C.M. ビショップ,パターン認識と機械学習 下(ベイズ理論による統計的予測)を参照されたい.
- MDSで計算した知覚マップからは,軸の直感的な解釈は得られない.
- 購買履歴データを用いてマップを作成する場合は,消費者の知覚を直接測定したわけではないので,プロダクトマップと呼ばれる.
- 消費者による製品の評価方法として,補償型と非補償型の2つがある.補償型の評価方法として,以下に示す加算式がある.製品\(i\)の評価\(A_i\)は,その製品の属性\(j\)に対する評価\(b_{ij}\)と,その属性の重要度\(h_j\)によって次のように表現できる.
- 非補償型の評価方法として,連結型,分散型,辞書編纂型がある.ブランド選択モデルとして,補償型の評価方法を仮定することが多い.
- 消費者がブランド集合\(C\)から特定のブランド\(i\)を選択する確率\(P(i \mid C)\)は,そのブランドの効用\(U_i\)を用いて次のように表現できる.
- ここで,\(U_i\)は,確定的部分\(V_i\),および確率的部分\(\epsilon_i\)を用いて,次のように表現できる.
- ここで,\(V_i\)は,ブランド\(i\)固有の魅力を表すパラメータ\(\alpha_i\)と,マーケティング変数\(k\)の影響を表すパラメータ\(\beta_k\)と,そのマーケティング変数におけるブランド\(i\)の値\(X_{ik}\)を用いて,次のように表現できる.
- \(\epsilon_i\)に 正規分布を仮定したモデルを,プロビット・モデルと呼ぶ. プロビット・モデルでは,\(P(i \mid C)\)の積分を解析的に解けない.よって,\(\epsilon_i\)に二重指数分布(ラプラス分布?)を仮定したロジット・モデルが提案されている.
- ロジット・モデルの課題は,消費者ごとの異質性をどのように取り込むか.アプローチとしては二つある:
- 消費者の嗜好性を説明変数(おそらく\(X\))として追加する方法.
- パラメータの値が消費者間で異なると仮定する方法.潜在クラスモデルと,階層ベイズモデルがある.前者は,パラメータの事前分布として離散的分布を仮定するもので,後者は連続的分布を仮定するもの.
- 階層ベイズモデルについては,六本木で働くデータサイエンティストのブログ,Stanで統計モデリングを学ぶ(4): とりあえず階層ベイズモデルを試してみる(基本編)がわかりやすかった.
- 説明変数(独立変数)と目的変数(従属変数,外的基準)については,こちらがわかりやすかった.
- パッケージ製品を対象としたロジット・モデル分析では,ブランド・ロイヤルティのような過去の履歴に基づいた変数が使われることがある.
- マーケティング・サイエンスでは,抽象的な議論ではなく,実際のマーケティング活動に活かせるかどうかを常に意識する必要がある.
- 本書で説明されるマーケティング・サイエンスの諸モデルは,複雑な消費者行動の中でも,数理モデルが適用可能な範囲に複雑性が限定されていることに注意.
3章.マーケティング情報の収集と活用
- 1次データとは,消費者調査など,課題に対して新たに実施されることによって得られるデータ.
- 2次データとは,別の目的によって収集され,社内外にすでに存在しているデータ.
- マーケティング情報には,以下の三種類がある:
- 社内記録:社内における日常業務の結果として蓄積される情報.顧客データベースなどがこれに含まれる.
- マーケティング・インテリジェンス活動:企業の意思決定のために必要となる情報を組織的,系統的に収集,分析し利用する活動.マーケティング・リサーチと異なり,日常的な業務を通じて収集される.情報源としては,営業担当者,販売担当者,顧客,取引先,そして商用データ提供機関.
- マーケティング・リサーチ:マーケティング嬢の特定の意思決定課題に対応して実施される.
- 商用データ提供機関から入手できるデータとして,スキャナー・パネル・データがある.これは,世帯別の製品購買履歴を調査目的で捕捉したもの.スキャナー・パネル・データは,ストア・スキャン方式と,ホーム・スキャン方式に大別される.
- マーケティング・リサーチで重要なのは,意思決定課題を明に特定することである.
- 1次データの収集にはコストがかかる.2次データでの課題解決が難しい場合にのみ,1次データの収集が検討される.
- よく利用される2次データの例としては,以下がある.
- 景気統計:内閣府調べ.
- 家計調査:総務省統計局調べ.一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9千世帯の方々を対象として,家計の収入・支出,貯蓄・負債などを毎月調査.
- 消費者物価指数:総務省統計局調べ.全国の世帯が購入する家計に係る財及びサービスの価格等を総合した物価の変動を時系列的に測定するもの. すなわち家計の消費構造を一定のものに固定し,これに要する費用が物価の変動によって,どう変化するかを指数値で示したもので,毎月作成している.
- 全国消費実態調査:総務省統計局調べ.家計の構造を「所得」,「消費」,「資産」の3つの側面から総合的に把握することを目的として,家計の収入・支出及び貯蓄・負債,耐久消費財,住宅・宅地などの家計資産を5年ごとに調査したもの.
- 国勢調査:総務省統計局調べ.我が国に住んでいるすべての人と世帯を対象とする国の最も重要な統計調査.
- 商業統計:経済産業省調べ.商業を営む事業所について,業種別,従業者規模別,地域別等に事業所数,従業者数,年間商品販売額等を把握し,我が国商業の実態を明らかにし,商業に関する施策の基礎資料を得ることを目的としている.
- 商業動態統計調査:全国の商業を営む事業所及び企業の販売活動などの動向を明らかにすることを目的としている.
- サービス業基本調査:我が国においてサービス業の事業・活動を行っている事業所・店舗・施設の経理事項や業務の実態に関する事柄などを把握することにより,産業別事業所数,従業者数,収入額など,各種行政施策等のための基礎資料となる結果を全国及び地域別に提供する調査.
- 百貨店販売額:日本百貨店協会調べ.
- チェーンストア販売統計:日本チェーンストア協会調べ.
- コンビニエンス・ストア売上額:日本フランチャイズチェーン協会調べ.
- SC年間販売統計調査:日本ショッピングセンター協会調べ.全国のSCから立地別・SC規模別に1,000SCをサンプル抽出し調査したものです.立地別・地域別・構成別売上高等の幅広い分析から都市規模別の詳細な分析まで,すべてを掲載.SC業界の成長を判断する指標のひとつとして参考になる.
- 通信販売売上高:Japan direct marketing association調べ.業界全体の売上高調査を年一回実施,又調査対象社を限定した売上高調査を毎月実施している.
- 新車登録台数:日本自動車販売協会連合会調べ.
- 消費者心理調査:日本リサーチ総合研究所調べ.
- 生活者意識調査:日本銀行調べ.生活者が現状において抱いている生活実感や,金融・経済環境の変化がもたらす生活者の意識や行動への影響を把握することにより,日本銀行の金融政策や業務運営の参考にすることを目的として,1993年以降実施している.
- テレビ視聴率:ビデオリサーチ調べ.
- 日本の広告費:日本国内で1年間(1〜12月)に使われた広告費(広告媒体料と広告制作費)の統計.1947年に推定を開始し毎年発表しているもので,マス四媒体(新聞,雑誌,ラジオ,テレビ)をはじめ,衛星メディア関連,インターネット,プロモーションメディアについて,媒体社や広告制作会社のご協力を得ながら推定している.
- 新聞雑誌広告 広告出稿動向:エム・アール・エス広告調査株式会社調べ.
- 新聞広告 各種調査:日本新聞協会調べ.
- 雑誌発行部数リスト:日本雑誌協会調べ.
- 1次データの入手方法として,インターネット調査の利用が増加している.中でも,Webページ上に質問票を表示し,そこにアクセスした人に回答してもらう形式は手軽だが,標本抽出をコントロールできないため母集団の推定ができないという短所がある.
- また,実験法も,1次データの入手方法として有用である.実験法は,原因と結果に対する因果関係を捕捉するために実施される.
- 無作為抽出が難しい場合は,知人の紹介により標本を増やすスノーボール法などの有意抽出が行われる.
- 調査の精度は,標本数の二乗根に比例する.誤差の改善度と,標本数を増やすことによるコストや調査期間の増大を天秤にかける必要がある.(増やせば増やすほど良い,というわけではない)
4章.マーケティング戦略の決定
- 意思決定者にとって意味のないセグメンテーションは,結果が統計的に有意であってもなんの意味もない.
- 潜在クラス分析については,以下が参考になる.
- 潜在クラス分析で適切なクラス数を決めるために,AICやBIC等の情報量基準が用いられる.
- ターゲティングで重要なのは,異なるターゲット・セグメントには,異なるマーケティング・プログラムで対応する,ということ.
- マーケティング戦略として有効なのは,以下のいずれかと言われている:
- 卓越したオペレーションで低価格を実現する.
- 顧客との優れた関係性の構築を通して解決策を提供する.
- 卓越した品質で最高の満足感を提供する.
5章.製品デザイン
- 属性アプローチとは,「顧客に満足感をもたらすのは,製品そのものではなく,製品を構成する属性」という立場である.
- 属性アプローチが優れているのは,全てのマーケティング活動を顧客の視点から評価できる構造になっているため,統合的なマーケティング・ミックスの考察が可能な点である.
- 属性空間に効用曲線をプロットすることで,新規ブランド参入時のシェア予測が可能である.
- ジョイント・スペース・マップとは,プロダクト・マップと,選好ベクトルを同一空間に描いたもの.
- バリュー・マーケティングとは,人々は,便益と費用の差,つまり価値が最も大きいものを選択するという考え方.
- コジョイント測定は,客観的な属性と選好度の関連を分析する場合によく用いられる.定量的な属性の異なる同一製品の選好度を並び変えることで,各属性の効用を推定する.コジョイント分析は,数値化できない属性については,評価することができない.コジョイント分析は,セグメンテーションと組み合わせることで,より高度なマーケティング戦略を可能にする.
- 属性アプローチでは,社会的ネットワークによる影響が考慮されていないことに注意が必要.
6章.プライシング
- 製品ラインのプライシングには,製品個別のプライシングにはない難しさがある.
- PSM(Price Sensitivity Measurement)分析とは,価格と品質に対する消費者心理を直接聞く方法の一つ.特定の製品について,高すぎることもなく,安すぎることもない価格を受容帯と呼ぶ.受容帯の中で,強豪条件などに配慮して,適切な価格を定める.
- マークアップ・プライシングとは,原価に一定のマージンを上乗せして価格設定を行うこと.マージンは,価格弾性力(\(\eta\),販売量の変化率/価格の変化率)を基準に計算することができる.以下の前提のもとでは,一定の合理性がある:
- 独占企業であり,価格を自由に設定できる.
- 価格弾性力が安定している.
- 利潤率と価格弾性力は,反比例の関係にある.つまり,価格弾性力が大きいコモディティは,利潤率が低くなることを示唆している.
- 広告予算の設定方法として,売上高定率法がある.具体的には,価格弾性力と広告弾性力のバランスで決定できる.
- 差別的価格設定とは,顧客ごとに設定価格を変える手法である.留保価格(消費者がいくらまでなら払ってもよいと感じる価格)の識別コストに応じて,以下三つの手法を使い分ける:
- 個別化プライシング:識別コストがとても低い場合.
- 製品のバージョン化:松竹梅.
- セグメント別プライシング:セグメントが容易に識別可能で,セグメント間で裁定取引(セグメント間の個別取引)が起こらない場合.
- プロスペクト理論とは,行動経済学に置ける代表的な理論.個人が損失と利得をどのように評価するのかを,実験などで観察された経験的次ずつから出発して記述する方法.
7章.コミュニケーションと広告
- AIDA(Attention, Interest, Desire, Action)モデルとは,消費者の購買心理プロセスの伝統的なモデル.
- 広告代理店が広告効果を評価する場合には,実際の売上等でなく,認知度・好意度・購買意図などの心理的効果で測ることが多い.広告以外の要因がコントロールされた実験室などの環境に置いて,アンケート調査から,比較的信頼度の高い心理的効果指標の測定が可能.
- 広告制作に置ける一般的な経験や法則を人工知能に埋め込んだソフトも開発されている.診断に役立つ程度で,実用レベルには至っていない.
- 広告は訴求内容によって以下の三種類に分類できる:
- 情報提供型:認知促進,興味や欲求の喚起を目的とするもの.新製品向け.
- 説得型:購買の動機付けを目的とするもの.成熟製品向け.
- リマインダー型:イメージの構築を目的とするもの.成熟製品や低関与製品向け.
- 広告のフィールド実験は,大掛かりなデータ収集の仕組みが必要になり,かつ売上減少のリスクがあるため,日本ではほとんど実施されない.
- 広告実験によって得られた知見は以下:
- 広告量を増やすだけでは,売上の増加につながらない.
- クリエイティブ,メディア,ターゲット層の変更を伴えば,売上の増加につながることがある.
- 広告が売上に影響を与える場合は,その影響は初期段階から現れる.
- 既存製品より新製品のほうが,広告効果が現れやすい.
- 広告は,売上に長期的に影響する.
- 広告の売上に対する短期的影響は,価格のそれよりはるかに小さい.
8章.プロモーション
- プロモーションは,広告と違い,購買行動に直接的に結びつくという効果が期待されている.プロモーションの目的として最も多いのは,短期的売上増加.
- プロモーションの効果測定で気をつけるべきは,需要の先食いや,需要の先延ばしである.
- CFB(Consumer Franchise Building,消費者愛顧の構築)とは,ブランドに対する価値を生み出すようなユニークな属性や競争優位性を訴求し,顧客の長期的な支持を構築すること.
- プロモーションをブランド構築に役立てるためのポイントは:
- プロモーションの理由付けをすること.
- プロモーションをブランド・イメージに結びつけること.
9章.流通と営業
- 卸売業者は,大きく次の二種類に分類できる:
- 販売会社:特定メーカーの製品を専門的に扱う.
- 問屋:さまざまなメーカーの製品を扱う.独立資本.
- 近年では,卸売業者を通さないような外資系小売業者が,日本に進出してきた.
- 近年では,流通チャネルにおけるリーダーシップを小売業者が持つ場合が多くなっている.
- チャネルのコーディネーション問題とは,メーカーと小売業者が独立に利益を追求した結果,両者にとって好ましくない価格設定が行われる問題.
10章.テストとコントロール
- テスト・マーケティングのデメリットは,市場導入の時期が遅れることと,新製品開発の概要を競合他社に知られてしまうこと.
- コジョイント分析は,テスト・マーケティングが不可能な製品に対し,よく用いられる.
- 小規模なテスト・マーケティング手法として,仮想の店舗に消費者を読んで模擬実験するシミュレーション・タイプの手法である.テスト・マーケティングの前段階として実施されることも多いため,プリ・テスト・マーケティングとも呼ばれる.代表的なものに,ASSESSORモデルがある.
- ASSESSORモデルでは,選好モデルとトライアル・リピート・モデルという二つのモデルから推定された結果を収束させる.
- マーケティング活動の効果を知るためには,その要因を理解する必要がある.ARIMAモデルや多変量ARIMAモデルなどの時系列分析技術を用いることもある.
11章.データベース・マーケティング
- RFM(Recency, Frequency, Monetary)分析とは,顧客の優良度を評価する手法である.
- 個人特有のパラメータは,その個人のデータから推定するので,絶対的なデータ量が不足しており,推定が不可能か,たとえできても推定値に不確実性が伴う.このような背景から,ベイズ的アプローチが特に重要である.
12章.ブランドの評価と測定
- ブランド・パワーの高い企業は利益率が高い.
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